朝焼けの館

□キスよりも甘く
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恋心を実感したのは、いつの事だっただろうか。
否、一目見た時から魅かれていたのかもしれない、真田弦一郎という男に。

東京に別れを告げ、神奈川に引っ越してきた時から見知ってはいた。
小学生らしくないいかめしい少年は、いつも黒い帽子を被っていた。
向こうは、気付いてはいないだろう、ただひっそりと遠くから見つめるだけだったのだから。
彼が手にするラケットから繰り出される技の数々。
貞治とは違う、強い男。
それが真田弦一郎だった。
それからの俺は、真田のデータを集めるのに必死になった。
趣味、特技、好きな食べ物。
もっともっと真田を知りたい。
そう思って、同じ中学にも入学した。
だが……。

「はじめまして。俺は幸村精市。よろしくね」
精市の存在を目のあたりにした瞬間、危機感のようなものが背中を駆け抜けた。
圧倒的に強いテニス。
美しく線の細い、その眼差し。
まずい、と思った。
弦一郎が精市に心を動かされてしまうその前に、なんとかしなくては───。

それからの俺は、弦一郎に好かれるための努力をした。
好きなタイプを探ることは容易だったが、テニスはそうもいかない。
ダブルスでもシングルスでも通用するような、データテニスの完成を目指して日々練習に明け暮れた。
そして手に入れた、レギュラーの座。
コートの上に立つ喜びは、何物にも変えがたいものだった。
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