小説(テニプリ)

□貸し借り
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雨粒が窓を叩き、風が唸りを上げている。
どうやら台風は、この街の空を横切っている最中らしい。
「…ふぅ」
台風で学校が休みになった為、早く宿題を片付ける事が出来た。ただ、彼に会う事が出来ないのが僕にとって不本意なのだけれど。
僕は、机の上に散らばった消し屑を集め、ごみ箱へと流し込んだ。
「周助」
階下から母さんの声がした。僕は階段を下り、1階へと急いだ。
1階では、母さんが電話の子機を持っていた。
「誰かから電話?」
「菊丸君からよ」
母さんはそう言って、僕に子機を差し出した。
「そう、ありがとう、母さん」
母さんから子機を受け取ると、僕は足早に自分の部屋に戻り、ドアを閉めた。
「――もしもし、英二?」
「不二っ!出るの遅いじゃんかあ!」
僕が出るなり、拗ねた様な彼の声がした。
「…ごめん、どうしたの、英二」
「不二、国語の宿題やった?」
「うん、丁度今さっき終わったところだよ」
「マジぃ?じゃ、問3の答え教えてくれない?俺、どうしても解んなくって」
他の誰かに頼まれれば、僕は「自分で考えた方が君の為だよ」と言うだろう。でも、英二に借りを作っておくのは悪くない。
僕は机の上に置いたプリントに目をやった。英二が解らないと言う問題は、小説の主人公の心情がよく表現されている箇所を抜き出しなさい、というものだった。
「答えは――」
僕はその問題の答えを、英二に教えた。
「そっか、成程!」
明るい声で英二が言った。電話の向こうでぱぁっと笑顔を広げているのがわかる。
「ありがとう、不二!」
「どう致しまして」
「今度何かお礼するねっ!」
――お礼、か。
「じゃあ今、お礼して貰おうかな」
「ほえ?」
どうやって?と言う英二。
「僕の事、名前で呼んで。今」
「――えっ!?」
僕は一度も、彼に自分の名前を呼んで貰った事が無かったのだ。
今、英二の顔は、きっと真っ赤に染まっている。
「……」
沈黙が聞こえる。英二が唇を空回りさせているのだろう。

雨粒が窓を叩く音と、風の唸り声の中で、彼が借りを返し、恥じらいのあまり一方的に電話を切るのは、数分後の事だった。


END

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