小説(テニプリ)

□砂糖漬けのスパイス
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逆さになった彼の鞄からは、どさどさと色とりどりの箱が溢れて来た。僕の鞄にも、ほぼ同じ量の箱が入っている。
「あ〜、こんなに貰っちゃったよ〜。不二は?」
英二が困った声で訊いてきた。大きな瞳が、覗き込む様に僕を見つめている。
本当に、僕らにとってバレンタインという行事は困りものだ。僕らの関係を知らない女の子たちが、こんなに沢山のチョコレートを渡してくる。クラスメイトからの義理めいた物から、少し離れたクラスの女の子が丸い文字で書いた手紙を付けて下駄箱に入れていた物まである。
彼女たちに悪いとか、そういう訳じゃない。ただ僕は、英二が貰ったチョコレートたちに嫉妬しているんだ。甘く甘く、凄く英二に似合う存在――。
「不二…?」
「あ…ごめん、英二」
僕ははっとした。チョコレートなどに嫉妬して、何になるのだろう。
次の瞬間、英二の長い睫毛が、目の前にあった。そして僕の唇に、柔かい物が重なる。
――英二からの、キス。
僕は目を閉じ、英二の首に手を回して彼を抱きすくめる。
「不…二」
呼吸に近い声で、英二が僕を呼んだ。
「上手くは言えないけど、俺、二人で貰ったチョコの量全部足して何倍にしたよりも、不二の事好きだからねっ」
今度は、無邪気な、でもしっかりとした声。
遊んで欲しいと飼い主にせがむ猫の様な、それでいて試合に臨む前の様な英二がそこにいた。
「…解ってるよ」
僕はふっと笑い、今度は自分から英二の唇を奪った。
そして彼を強く抱き締め、チョコレートが散らばった床に倒れ込む。
「不二…!?」
英二が、顔を真っ赤に染めた。
――解ってるけど、もっと解りたい。
ここにあるチョコレートを足したより、何倍も何倍も甘くて、僕が何より好きなもの。
わがままな僕は今、それが欲しいんだ。

END

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