小説(テニプリ)

□Angelic Smile
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2月28日の夜、不二周助はこっそり家を抜け出した。出来るだけ音を殺してドアを閉め、鍵を掛ける。
白い息が、黒い空気の中に浮かび、溶けていった。
不二は家に背を向け、学校に向かって歩き出した。夜中の住宅街に、足音が響く。
毎日歩いているのと同じ道なのに、その道のりは、とても長かった。
校門を越え、校庭の木の下に立ち、不二はちらりと腕時計を見た。午後11時59分。
――英二。
不二は心の中で愛しい名を読んだ。
――まだ、来てくれないの?僕の誕生日、ここで祝ってくれるって言ったじゃないか。
そして、遂に時計は午前零時を告げた。2月、29日――。
その時だった。
「不ー二っ!ハッピーバースデー!」
どこからか声がした。
「英二…?」
不二は校庭を見回した。目を上にやると、その声の主、菊丸英二は木の幹に腰掛け、子供の様に笑っていた。
不二は、驚きで言葉を失った。しかし、三秒もすると口元が緩み、自然と微笑みが浮かんだ。それに気付いたのか、菊丸は木からトンっと跳び降りて来た。
「へへっ」
「もう、びっくりしたよ」
二人は笑った。
「本当、おめでとう。不二、四歳、だねっ」
菊丸は無邪気に手をぱちぱちと叩いた。
「英二ったら」
不二が苦笑した。一応、16歳と言って良いのだろうが、自分の誕生日は四年に一度しか来ない日だ。だから今日は四度目の誕生日ということになる。
「…でっ!これ、プレゼント!」
菊丸は手首に提げていた紙袋を不二の目の前にどんと突き出した。
「ありがとう」
不二はそれを受け取った。
その中からは、甘い香りが漂い、不二の鼻をくすぐる。
「ねぇ、開けてみてよ」
菊丸が急かした。
不二は頷き、紙袋の中から箱を取り出した。リボンを解き、箱を開ける。
「――あっ」
驚いた声を発したのは菊丸の方だった。
外灯に照らされたそこには、不格好なケーキがあった。辛うじてチョコレートで書かれた「Happy Birthday」の文字が読み取れる。
「ごめんっ、不二!これ頑張って作ったんだけど、ここ来る時に走っちゃったのと、さっき木から跳び降りたせいで崩れたみたい」
菊丸はパンと手を合わせて頭を下げた。
不二の胸の奥が、キュンと痛んだ。
「…英二」
不二が言った。
「気にすることないよ。折角作ってくれたんだから、頂くよ」
不二はケーキに手を伸ばし、口に運んだ。
口の中にシナモンの味が広がり、そして――
「…林檎?」
甘酸っぱい林檎が、奥歯でしゃりっと音を立てた。
「美味しい…」
不思議な程自然に、心で感じたことが言葉として流れてきた。
「美味しいよ、英二」
不二は、俯いていた菊丸の頬にそっと触れた。少し潤みを帯びた大きな瞳が、不二に向けられる。
「ほんとに…?不二が好きだから林檎のケーキにしてみたんだけど」
「うん。ありがとう」
すると、菊丸の表情が緩んでいった。
顔いっぱいに笑顔が広がる――。
「好きだよ、英二」
「俺も!」
今この瞬間、ここでこうして自分に愛情宣言してくれる人がいる。
それが、何よりも嬉しかった。
甘酸っぱさに満ちた唇で、不二は菊丸の笑顔にくちづけた。

END

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