小説(テニプリ)

□帰り道のこと。
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「みんな、お疲れ様!今日の練習はここまでにするよ!明日の朝練も遅れるんじゃないよ!!」
夕陽で朱色に輝くテニスコートに顧問の竜崎スミレが手を叩く音が響くと、玉拾いを残してレギュラー部員たちは「ありがとうございました!」と言って部室へ群れを作る。
「今日も疲れちゃったにゃ〜」
「そうだね」
列の一番後ろでタオルを頭に被って後頭部で手を組み、空を見上げながら抜けた様な声で言う菊丸英二の言葉にニコニコと相槌を打つのは、いつものダブルスのパートナー、大石秀一郎ではない。
天才、不二周介だ。
二人は今回、ダブルスを組むことになった。
「でも不二、頑張ろうにゃ」
菊丸は歯を見せてにかっと笑った。悪戯な子供の様に。
不二は頷きながら、素直に菊丸の無邪気な笑顔が可愛いと思った。跳ねた髪も、白い歯も、頬の絆創膏も。

不二が部室で着替えていると、後ろから声がした。
「不二ぃ、今日は一緒に帰らない?」
そこには着替えを済ませた菊丸が立っていた。先程と同じ笑顔で。
不二は「いいよ」と答え、着替え終わるとすぐに荷物を持った。

帰り道。
菊丸は、MP3プレイヤーの音楽を聴きながら、不二の隣で時には鼻歌混じりで歩いている。不二は横目で彼を見ていた。
「あ、不二、ちょっとコンビニ寄って貰ってもいい?お菓子買いたいんだー」
「うん」
不二はくすっと笑った。菊丸に惹かれていく自分が可笑しかったのだ。
コンビニに到着し、店内に入った菊丸は玩具売り場の子供の様に迷った結果、板チョコを買っていた。
「不二、おまたへ!」
菊丸はチョコレートのアルミを剥がしながら、外で待っていた不二の所に走ってきた。
そしてそこで、チョコレートにかぶりつく。
「甘〜い」
頬を膨らませ、目を細める菊丸。そして、不二は――
「じゃあ、僕も一口」
チョコレートの、菊丸が食べた所をパキッとかじった。甘ったるい固体が、口の中でとろけて液体になる。
「あーっ!俺不二と間接キスしちゃったぁ!」
菊丸が驚いた顔をした。
「御馳走様。所で英二、何聴いてるの?」
不二が訊くと、菊丸は片耳からイヤホンを出し、不二に「はい」と差し出した。
不二はそれを自分の耳に差し込む。
イヤホンを伝って流れ込んでくる、明るいアップテンポの曲は、不二の知らない唄だった。しかし今この瞬間、この曲が世界で一番いい唄だ。素直にそう思えた。
それは、菊丸のことが好きだから――。
「英二、これ、いい曲だね」
不二は微笑んだ。
すると菊丸は、満面の笑みを浮かべて言う。
「だろ?俺今これが一番好きなの」
と。
その笑顔を見て、不二は思わず口から「好きだよ」とこぼしそうになった。
けれど今は、心の中にしまっておこう。そう、思った。

END

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