小説(鋼)

□誓
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静かな夕暮れ時だった。間も無く新皇帝即位を祝う宴が始まるとは、やや想像し難い。
その一時を、若き新皇帝――リン・ヤオは、自室の窓から空を見上げて過ごしていた。
「リン様、失礼致します」
扉の向こうから、凛とした声が聞こえ、リンは振り返った。
「ランファンか。入ってくれ」
扉が開き、黒装束を纏った一人の娘――ランファンが部屋に入った。いつも顔を隠している仮面は、今は着けておらず、黒髪がさらさらと揺れている。
「間も無く宴が始まります」
ランファンが言った。
「ああ、そうだな。もう少し、星を眺めてから行くよ」
リンは、微笑みながら空を見上げた。
「星を、見ておられるのですか?」
ランファンが訊いた。
「ああ。覚えてるか、ランファン。アメストリスに旅立つ少し前の」
「はい。昴のお話を」
「そうだな。ほら、今日も昴が輝いてるぞ」
リンは天の中心を指差した。
ランファンは窓に歩み寄り、リンの指の先を辿った。
あの日と同じように、そこには昴が輝いていた。
「あの六つの星たちを、昴と呼ぶ――勿論、覚えております」
ランファンが、黒目がちな瞳をリンの方に向けた。
「そうだな。昴は、そのうちの一つの星だけでは『昴』と呼ばれない。王は、民無くして在りえない」
リンも、ランファンに顔を向ける。
「ランファン、ありがとう」
呟く様にそう言ったリンは、柔かな表情をしていた。
「俺が玉座に座れるのは、お前たちのお陰だ」
「いえ、私は…」
ランファンが下を向いた。
リンは、ランファンの左腕に手を伸ばした。ギシリという音が、小さく鳴る。そこにあるのは、鋼鉄の腕、機械鎧だ。
「もう俺は、こんな事を繰り返したくないんだ」
リンがランファンを見据えた。
「もう、あんなに痛い思いをさせたくない…」
「リン様…」
リンは、再び昴を真っ直ぐに見上げた。
「民無くして王は在りえない――だからこそ、俺がこの国の人間を守る」
「はい」
頷くランファンを、リンは強く抱きしめた。黒い髪が頬に触れる。
もう、闘わせない――。
リンは、何度も何度も、心の中で繰り返した。
昴は、一つの星だけでは「昴」として輝けないのだから。


END

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