小説(鋼)

□蓮華草
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リン・ヤオは紅色の中に寝転んだ。
――もう、何年前のことだろう。
紅い花を揺らす蓮華草を見つめ、リンは幼き日にここにいた自分と彼女を思い出していった。

その日、リンは彼女――臣下の娘であるランファンを連れ出し、館から抜け出した。そして来たのがこの蓮華畑だった。
しかしランファンは一向に無口だった。少し不安げに、紅色の風景を見渡している。
「…ランファン?」
リンはそっと彼女に声をかける。
「またフーに何か言われたのか?」
するとランファンは、戸惑いながらもこくりと頷いた。
ヤオ家に仕える一族の娘として、彼女は生まれた時から厳しく躾られてきた。今回もまた、祖父のフーにきつく叱られたのだろう。
しかし、リンにとってはランファンが臣下であろうと何であろうと無関係だった。物心ついた時から、この可愛らしい少女は側にいてくれた。
やがて彼女への感情は「初恋」へと変わった――。幼い心でそれを認識するのには少し時間がかかったが、それが「恋」というものだろう。
「…まあ、座ろうか」
リンが言うと、ランファンはこくこくと首を動かした。
そして二人は、蓮華畑の中にぺたりと座った。
「……」
二人の間に、沈黙が降りてきた。
手持ち無沙汰になったのか、ランファンは周りで咲いている蓮華草を一輪、一輪と摘んでいった。花束が作れる程に花が集まると、ランファンはそれらを膝の上でばらっと広げた。
「何かするのか?」
リンが訊いた。
「…冠」
少し顔を赤らめ、小さい声でランファンが言った。
リンは、ランファンの手元を見つめた。小さな白い手が、花の茎を繋げ、環を編んでゆく。
ただ、その単調な動作を見ているだけなのに、リンは全く退屈しなかったどころか、楽しみさえ感じていた。
「…出来た」
やがて、幾輪かの蓮華草が、ランファンの手の中で環――冠として一つに繋がった。
その時、リンは気付いた。
――ランファンが、嬉しそうに微笑んでいる。
正直に、これが一番可愛らしい彼女だと思った。
「ちょっと、貸して」
リンはランファンの前に手を差し出した。
ランファンはややきょとんとした顔をしながら、リンの手に蓮華草の冠を預けた。
「…ほら」
リンが両手で冠を持ち上げる。そしてその手は、ランファンの頭の上に、そのまま触れた。
黒い艶やかな髪に、紅と緑が映える。
「お姫様だ」
ランファンは、蓮華草と同じ色に頬を染めた――。

「――リン様、リン様?」
降り注ぐ声で、リンは目を覚ました。
そこには、仮面があった。
けれども、その声は――
「ランファン…」
リンは、ゆっくりと起き上がった。
「お風邪を召されます」
ランファンが言った。
リンは、ふっと微笑んで、彼女の顔を覆う仮面にそっと手を伸ばし、外した。
「あ…っ」
そこには、彼女がいた。
あの日と同じ、蓮華色のランファンがいた。


END

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