夢の舞台へ

□どこにいても
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「吾郎くんは、自分勝手だ」
そう恨みがましく呟いて、寿也は俯いた。
けして広くはない寮の部屋には夕陽が差し込んでいて、寿也の横顔を照らしている。
「残された人の気持ちなんて、考えないで…」
顔は見えないが、恐らく涙を堪えているのだろう。
語尾が震えているのがわかる。
「…悪い。」
俯いた寿也をまっすぐに見て、吾郎は殊勝に謝った。
「けど、考えてない訳じゃねぇよ。」
諭すような声音とともに、吾郎は寿也の頭に手を伸ばした。
寿也の柔らかな髪を吾郎は愛おしげに撫でる。
「寿也が、寂しいと思ってくれてるのと同じように、俺も寂しい。」
真摯な声音で吾郎は言い、寿也を優しく胸元に抱き寄せる。
その肩が震えているのに気付き、背をあやすかのように撫でた。
「…どこに行っても、俺が寿を好きなのは変わらねぇ。」
一向に言葉を発しない寿也に苦笑して、吾郎は寿也から離れ、俯いたままの頬に手を添える。
その頬はやはり涙に濡れていて、吾郎はそっと寿也の顔をあげさせた。
寿也は睫毛を伏せたまま、視線を合わせようとしない。
その目が瞬くとまた新たな涙が頬を伝った。
「泣くなよ。」
切なそうに微笑み、吾郎は寿也の眦に口付けた。
「あと少ししかねぇんだ。もっと、笑ってくれよ。」
懇願するような口調で言い、吾郎は寿也の頬を撫でる。
涙を堪えていた寿也の目からとうとう堪えきれずに涙が溢れでた。
「寿也…」
時折しゃくりあげながら止めどなく涙を流す寿也に何も言えずに、吾郎は再び寿也を胸に抱いて震える背中を撫でる。
「ごめんな、寿也。ごめん。」
何度目かわからない謝罪を口にして、吾郎は寿也を抱く腕に力をこめた。
「…ううん、ごめ、ね、ごろ、くん」
吾郎の謝罪に寿也はしゃくりあげながら頭を振り、寿也は下ろしたままだった腕を吾郎の背に回した。
「僕も、吾郎くんが、どこにいても、吾郎くんが好きだよ。」





「またな!」
そう言って吾郎は振り返らずに歩きだした。
「…またね」
寿也が小さく呟いた言葉は、風にさらわれて吾郎に届くことはなかった。









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