差し上げ物

□例えばこんなきっかけで
1ページ/11ページ

空は雲行きがやや怪しく、うっすらとかかった雲が日の光を遮ってしまっていた。
しかし、道行く人に薄着が目立ちだした頃なので、人々にとっては丁度良い気候になっている。

そんな灰色をした空の下を、真っ青な軍服に身を包んだ長身の男が2人歩いている。
2人はしばらく人気の多い所を歩いてから、少し薄暗い路地へと入った。



「―――そういえば少尉、この辺りは・・・」
「そう、怖いって評判の場所だな」


怖いというと、つい怪談話を連想しがちだがそうではない。ハボックの言葉の『怖い』は、治安が良くないという意味だ。
この地区は、前科者や昼間に堂々と外を歩けない理由のある者達が集まるという噂がある。
いくら賑わっている街とはいえ、そんな地区の1つや2つはあるようだ。


「ある意味、告白するにはいいシチュエーションじゃねえ?」
「・・・わざわざ好き好んでこんな所に来る人は居ないと思いますよ」


壁は薄汚れている上ひび割れ、街灯の明かりも付いたり消えたりで、不気味な雰囲気を醸し出している。
さらに言うなら、足元を鼠以外にも人々に非常に嫌われる黒い物体が歩いていたりもする。
まさかそんな物好きは居ないだろうと考えたファルマンに、ハボックは煙草の煙を吐いた後人差し指を振って否定した。


「甘いなあ〜、ファルマン。『吊橋効果』ってのを知らないだろ?」
「それくらい知ってますよ。少尉こそ私を甘く見ないで下さい」


果てしなく多い知識の中から一端を覗かせてる時、彼は楽しそうに説明する。ハボックは、そんな彼を見るのも好きだ。


「―――【吊橋効果】:またの名を『吊り橋理論』・『恋の吊り橋理論』と言う。
 吊り橋の上で感じる、恐怖や興奮の緊張感による生理的興奮を性的なものと勘違いすること。」


流暢に言ってから、どうですかと言わんばかりに笑った。そんなファルマンにハボックは笑って大げさに拍手をした。


「流石、歩く百貨辞典。お見それしました。」
「しかしこの効果による恋は―――」


その時、前方の店からガラスの割れるけたたましい音がした。

音と同時に店の中から2つの影が飛び出し、その背に「泥棒だ!」という悲鳴のような叫び声が重なる。
2人はその声を聞くのと同時に走り出していた。利き手は既に愛用の銃にかかっている。


「噂どおりですね」
「せっかくくつろいでたのに、よくも仕事増やしてくれたな・・・!!」
「・・・怒る所が違うと思うんですが?」
「違わねーよ!あーあ、こういう所は巡回のし甲斐があり過ぎて嫌になるな」


「(せっかく2人っきりだったってのに・・・!!!)」

と、とても口しなかったが、ハボックが激しくイラついていたことをファルマンは知るよしもなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ