□拍手の住人たち。
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■年末編




 気付けば今年も残りわずかなのだと、毎年この作業が始まると思う。


「母さん、これどっち」


 手にしていたハガキを差し出すと、母は抜き取って差出人を見た。普段はあまりかけない眼鏡をする姿は、少し歳を感じる。


「これはお父さんね」

「了解」


 言われた通り親父用の山に重ねる。こんなやり取りが先程から何回か繰り返されている。

 毎年恒例、片岡家の年賀状の仕分けだ。

 もちろん届いている年賀状なので今年の分。配達されたときに分ければいいものを、正月は休むもんだ、と言い切る両親は来年の準備をする際になって慌てて仕分ける。
 毎回借り出される息子の苦労なんてお構いなしだ。


「そういえばあんた年賀状出さないの?」

「出さない。届いてもないだろ」


 母の問いにぶっきらぼうに答える。
 俺は年賀状を出さない。書きもしない。大体送る相手がいない。


「でも、クラスの友達とか」

「メールで送るからいいよ」


 あたかもそんな相手がいるかのように言う。
 すると母は「便利な世の中だものね」と呟いてから言った。


「形に残すことが大切だと思うんだけどねぇ」


 形に残す。

 そう言われたとき、何故か俺は先日クラスの女子からもらった青い星のストラップを思い出した。
 せっかくだからケータイにつけている。少しじゃらじゃらしてうるさいが、黒いケータイと合わせて夜空のようになった。


「でも、物は物だろ。要は気持ちじゃないの」


 新しくハガキを仕分けしながら言うと、母が驚いたように俺を見た。目で、何、と聞くと、


「あんたも大人になったわねぇ」


 と言われた。
 意味が分からない。そもそもなぜそんな意見が出るのか。というか、いつの頃と比べてそう思ったのか。
 疑問には思ったが、俺はそれを受け流した。

 だが母は続ける。


「でもね悠星、これも覚えておきなさい。気持ちってね、形がないの。だから手元に残る物に込めることも大事なのよ」


 こんな風にね、とハガキをまた一枚山に重ねて。

 目の前にあるたくさんのハガキは、一枚として同じものがない。それは、それぞれの差出人がそれぞれの気持ちをそこに表しているから。謹賀新年、今年もよろしく、という気持ちにもそれぞれの色がある。

 でも俺は。

 形に残すことが大事だということはなんとなく分かった。でも、形の残し方が分からない。とりわけ、年賀状書かないのと言われ、真っ先に思い浮かんだ隣の席の奴に対しては。

 俺の気持ちってなんだ?
 どうして俺はあいつにマフラーを残したんだろう。
 どうしてあいつは俺に青い星を残したんだろう。

 考えても分からない。

 だから出さない。

 こんな気持ちで書いても、俺の年賀状には気持ちが乗らない。


「そうかもな」


 曖昧に頷いて、俺は作業に没頭した。

 今はまだよく分からない。あいつへの気持ちに蓋をして。

 そして、いつか分かるときを信じて。


 今年も残りわずか。
 よいお年を。



*年末編終了*

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