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□四字熟語
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 行雲流水




 私の恋人は、自由人だ。

 いつもふらふらとどこかにいっては、またふらふらと戻ってくる。

 まるで猫だね、と言ったら、「にゃあ」と鳴かれた。そんな彼にときめいてしまう自分は、重症だと思った。

 そんな訳で、今日も彼は私の予想を遥かに上回る行動力でどこかに行っている。

 一体どこに行っているのか、教えてもくれないし、私も聞く気はない。何より、しつこい女だと思われたくないし。

 でもね、


「あんたさー、彼女だと思われてないんじゃない?」


 友達にこんなことを言われたらさすがの私も傷つくわけですよ。


「そ、そうなのかな……?」


 今まで、ほんの少しだけど、自分でも思っていたことをズバリ指摘されて落ち込む。

 ファミレスのパフェを前に、寂しい気持ちが影を落とした。


「だってさーなんでこんなに放っとかれてるわけ? あんたこれで何回目よ、私と放課後デート」

「……十二回目」

「彼氏とのデートは?」

「……三回……」


 それも多く数えて、だ。デートと呼べるようなものは、実は一回くらいしかない。


「ほんと信じられないわよね。これだけ彼女放っておくなんて」

「で、でででもっ、優しいし、たまにうちに遊びに来てくれたりもするんだよ?」

「それだって食うに困ってご飯食べに来ただけで、食べたらすぐ寝て、起きたらすぐどっか行っちゃうんでしょ?」

「うっ……」


 確かに全て友達の言う通り。しかもそれは私が酔った勢いで愚痴ってしまったことらしい(そのときの記憶が私にはない)ので反論できない。


「とにかく、もう一度考え直したら? 私だってあんたに付き合ってたら男寄り付かないし」

「うー……」


 言葉に詰まる私をよそに、友達はチーズケーキを一口食べる。私はと言えば、パフェに乗ったチョコアイスが溶けるのをただ眺めているだけ。

 大好物なのに、今は何を食べても苦く感じる。

 思えば告白は私の方からだった。

 自由奔放でいつも笑顔の彼に惹かれて、一世一代の決意で思い切って打ち明けたのだ。

 彼の返事は至って簡単。


「いいよ」


 その三文字だけで、私たちは付き合うことになった。

 なった……んだけど、自由人の彼は滅多に私の前に現われず、連絡を取ろうにも、今どき珍しくケータイを持っていないのでメールもできない。もう三日も音信不通だ。

 知っているのはアパートの住所と家電だけ。もちろん家にもほとんどいないので電話をかけてもいつも留守電。

 いったいいつの時代の恋愛をしているのか、というのは今日も付き合ってくれている友達の言葉だ。

 やっぱり私は彼女と思われていないのだろうか。というか、これでは友達とも言えない関係だ。

 友達以上恋人未満、なんて言葉はよく聞くけど、これじゃ友達未満ではないか。


「そういえば私、好きだって言われてないかも……」


 いいよ、とは言ってくれたものの、結局想いを伝えたのは私だけ。まさかここまできて全くの一方通行だったということは……


「ほら見なさい。結局独り相撲なんじゃない」


 ……十分にありえる話のようです。





 友達と別れて家に帰る途中。いつの間にか曇っていた空から雨が降りだした。


「最悪、傘持ってないって……」


 誰にともなく呟いて歩くスピードを上げる。幸い家の近くまで来ていたのであまり濡れずに済んだ。


「はぁ……」


 タオルで頭を拭きながら、窓の外を眺める。

 曇天から零れる雫が、重力のままに流れ、全てを濡らしていく。

 まるで今の私のよう、なんて感傷に浸ってみる。

 あの曇と雨は彼で、それに悪戯に濡れるのが私。掴み所はないくせに、確実に私を痛め付ける。

 とはいえ、やはり惚れた弱みか、雨雲と雨とはいえ嫌いになれない自分がいる。

 そもそも、その自由さに惚れたのだから自業自得だ。ここで彼を縛り付けたら、きっと私は自分が嫌いになる。


「……会いたいだけなんだけどな」


 冷たい窓ガラスに額を押しつけて呟く。

 今どこにいる?

 そのひとことさえ伝えられないもどかしさに胸が痛む。

 ついたため息で窓が曇った。

 ふと、遠くでポストを閉める無機質な音が聞こえた。そういえば雨に気を取られて郵便物を見ていなかった。私はのろのろと玄関に向かった。

 郵便受けには勧誘のチラシや水道工事のチラシなどが入っていた。一人暮らしとはいえ、毎日のような勧誘の嵐にはうんざりしていた。

 加えて今の精神状態だ。全て丸めてゴミ箱に放りたくなる。

 だがそうしなかったのは、溢れかえるチラシの中に、真っ白な封筒を一つ見つけたからで。


「手紙……?」


 ひっくり返してみるが差出人の名前はない。でも表に書いてあるのは確かに自分の名前だった。


「誰からだろ」


 首を傾げながらリビングに戻り、電気を点ける。ハサミで口を開けて中身を取り出すと、まず目に入ったのは夕焼け空の写真だった。


「え?」


 驚いていると、手元から紙が落ちる。ほとんど真っ白の便箋だったけれど、角張った字でメッセージが書かれていた。


《綺麗な空だったから君にも見せたいと思ったよ》


 名前の代わりに、歪で小さな猫のイラストが添えられていた。

 言いたいことは山ほどある。

 今どこにいるの? とか。

 やっぱり猫なんだね、とか。

 でもそんなのはどうでもいいんだ。

 この綺麗な空を私に見せたいと思ってくれたことが何より嬉しくて、私は目から雨を降らせて微笑んだ。

 どこにいても、どんなに離れていても、君が私のことを一瞬でも思ってくれてる。

 それだけで胸がいっぱいになる。

 外は相変わらずの雨模様だけど、目の前にあるオレンジの空が私たちを繋いでくれてる。

 そう思った。






 行雲流水
(雲と水の間には変わらぬ空がある)

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