title
□四字熟語
2ページ/3ページ
犬馬之労
騒がしくケータイが震えるとそれが合図。
あいつはそそくさと帰り支度をはじめる。
「呼び出し?」
分かり切ってるけど聞いてみる。大抵あいつは笑顔で答える。
今日は、80パーセント。そんなにきつくはないらしい。
「まぁね」
「他には?」
「ケーキ食べたいって」
あ、75パーセントになった。やっぱり少しは困っているらしい。
「断ればいいのに」
無責任にもそんなことを言ってみる。もちろんあいつが拒否するのなんて目に見えてるんだけど。
「できるわけないだろ」
ほらきた。
「……できないの? したくないの?」
変化球。こいつの男としての器を試してみる。
「したくないの」
「へぇ」
根性はあるらしい。
少し感心するが、やっぱり腑に落ちないことが多い。なんだってそんな相手と付き合うのか。
「馬鹿だね」
「誰が」
「今私の目の前にいる人」
わざと遠回しに言ってみると、苦笑が返ってきた。嫌味は通じるけど、言い返す気はないらしい。
目の前にいる人、つまりこいつは私のクラスメイト。それ以上でも以下でもない。席も近いから適当に喋って、暇な時間を潰す程度の相手。
そんなこいつは、近くの高校に彼女がいる。その彼女というのが傲慢なやつで、高校までの送り迎えをこいつに頼り、デートも金は全て彼氏もち、リクエストもしまくりとくる。
私だったらそんなに我儘ばかりの彼女なんて御免被るのだが、こいつがまた素直というか純朴というか、とにかくいっつもその彼女のために身を尽くしているのだから驚きだ。
昨日だって夜遅くまでバイトだったらしく、授業はほとんど寝ていた。しょうがないからノートを写させてやっていたところに、彼女からのお呼び出し、というわけだ。
「私だったらとっくに別れてるよ、そんな女」
「はは」
嫌味で言ったのに笑われた。心外だったので下から睨んでやると、あいつは笑いながら謝った。誠意がない。
「ごめんって」
「へっ」
また謝られたが、私は悪態をついてやる。
「そんなに馬鹿?」
「うん」
笑いながら尋ねられて即答してやった。するとあいつはまた笑った。
笑いすぎだよ。笑い上戸なのか?
「じゃ、恋してるやつは皆馬鹿だな」
何故か一般論に発展した。
何を言っているのか、という顔で見上げると、首を傾げられた。
「分かんない?」
「分かんない」
「お前、恋したことないだろ」
「はっ」
唐突に何を言い出すか、こいつは。
私の話なんてどうだっていいだろ、今は。
「恋したら、尽くしたくなるもんだよ、相手にさ」
「…………」
そんなもんなのか?
いや、違うだろ。だってさ、
「我儘に付き合ってばっかじゃ身が持たないじゃん」
きっと私の意見は正しい。
だって現にあいつは送り迎えとデートとバイトで疲れ切ってる。私が見たって分かるほどに。今だってきっと眠いに決まってる。
それなのにあいつは、私の意見を一笑に伏した。
「お前もそのうち分かるよ」
なんだそれ。人をまるで子どもみたいに。大人振りやがって、なんかむかつく。
「分かんなくていい」
そんな恋はしないから。
私は私が思う、正しい形の恋をするから。
そう思って言ったのに、あいつは私の頭を撫でてまた子ども扱いした。
「やべ、じゃ俺行くわ」
呼び出しメールが来てから少し時間を食いすぎたようだ。あいつは足早に廊下へ向かう。
おーおー帰れ帰れ。働き蜂は女王様のために働き続ければいいさ。
思いながらあいつの背中に舌を出していたら、突然あいつが振り返った。咄嗟に舌を引っ込める。
「ごめん、ノートまた明日見せて!」
「おー……」
「じゃっ!」
爽やかな笑顔を残して去っていく。
それ? それだけ?
所詮私は書記ですか。
まぁいいけどね、役に立つなら。
あぁ、ほら、私だって知ってんじゃん。
馬鹿な恋の仕方。
犬馬之労
(君に尽くす)