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□ことわざ
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草木も眠る丑三つ時
「眠れねぇ……」
蒸し暑い真夏の夜。
月明かりの差し込む薄暗い部屋で呟く。
タンクトップに短パンという格好に、タオルケット一枚だけを腹にかけた状態なのにも拘らず、夏の夜は俺に安眠をもたらしてはくれないらしい。
それでも寝転んでいれば眠れるだろうと布団に入ったのだが、眠れるどころか静かすぎる夜に逆に目が冴えてきてしまった。
「くそっ」
いっそ夜更かしでもしていれば睡魔が襲ってきてくれるかもしれない。
俺は枕元のスタンドを点けて漫画を読みはじめた。
夏の夜といえば怪談だろう、と友達に押しつけられるように貸された漫画は、確かに背筋が凍るような怖い話だった。
でもそれは漫画の中の話。現実にはないことだと割り切れる俺には、あまり関係がなかった。
時間を忘れてページを進める。紙をめくる擦れた音が部屋に響く。
と、開け放していた窓から風が吹き込んでカーテンを揺らした。
ごごっ
「……ん?」
今、何か変な音がしたような。
そう思い耳をすますが何も聞こえない。ただ、さっきよりも静寂が濃くなった気がした。
「気のせい、か……」
無意識に声が出る。
少しでも静寂を破りたかったのかもしれない。
いや、大丈夫。おばけなんて非科学的なものはこの世にいない。さっきのは気のせいだ。間違いない。
だが、
ふごごっ
再び聞こえた音がその考えを打ち消す。
違う。聞こえたとしても何か別な音だろう。
そう言い聞かすも、こんな音聞いたことがない。
「…………」
認めたくない気持ちと、いい加減認めろという気持ちがせめぎあう。
風に乗ってきたとはいえ、音は割と近くから聞こえたようだった。窓から覗けば、何か分かるかもしれない。
見るのは怖いが、何か確かめなければ落ち着かない。
ふごっ ごごっ
奇妙な音は断続的に聞こえてくる。
俺は意を決して窓から外を見た。
淡い月と街灯に照らされた屋外は、静けさも相まって余計不気味に思える。どきどきと、自分の鼓動の音だけがやけにうるさかった。
窓から見えるのは、青白い月と、細い路地、それと寝静まった隣の家だけだ。何もおかしなところはない。
やっぱり気のせいだったのかも、そう思い寝転がろうとした途端、またあの音が聞こえた。
再び耳をすますと、どうやら隣の家からのようで。
「って、あいつの部屋?」
隣の家には幼稚園来の、いわば幼なじみが住んでいる。俺の部屋とあいつの部屋は向かい合うようになっていて、時たま窓を開けて会話したりもする。
今も窓は開いていて、どうやらあの音はあいつの部屋から聞こえるようだ。
ということは、
「あんにゃろ、女のくせにいびきなんかかくなよ……」
そういうことらしく、俺はがっくりとうなだれた。
のんきに眠るあいつのいびきがまた聞こえてくる。
最近は部活も忙しいらしくあまり話す機会もなくなったあいつ。疲れてんのかな、とちょっと心配したが、爆睡しているようで安心する。
「あんまおどかすなよな」
呆れながらもほっとすると、急に眠くなってきた。俺はたまに聞こえてくるいびきを子守唄に、今度こそ眠りに落ちていった。
草木も眠る丑三つ時
(聞こえるのは、君の寝息)