* 読み切り BL *
□お隣さんの恋(短編)
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「お隣さんの恋」
市原 武(いちはら たける)は仕事を終え、家路についた。
残業をしていたせいで自宅マンションに着いたのは9時過ぎ。
寒さに身ぶるいして、疲れた体を引きずるように自分の部屋に向かう。
疲れからか、上手く働かない脳の端で僅かに思案したのは他愛のないこと。
(今日の晩御飯は何を食べようか…いや、食べるのも億劫だな…)
そんな事を思いながら鍵を開け、
ようやく部屋の中の異変に気づいた。
あれ?何で電気が…
「あっ!お帰り武!遅かったなー。」
と、弾んだ声でいきなり抱きつかれた、
次の瞬間
バシンッッ!!!
「イッテーー!!なにすんだよ?!てか、鞄で殴るって酷くねぇーか!!」
「うるせーー!!聞きたいのはこっちだ!なんで人の家に無断で上がり込んでんだよ!!」
怒鳴る武にその男はサラッと答えた。
「えっと…お隣さんの好で♪」
「ほぉ…また抜け抜けとアホなことほざきやがって…相当オレのこぶしを食らいたいらしいな。」
「!!…ご、ごめんなんさい。」
ボキボキと指の関節を鳴らしながら詰め寄る武を前に、さすがに身の危険を感じたのか、素直に白状し始めた。
「夕飯に作った肉じゃがを、お裾わけしようと思いまして…。」
「で、鍵はスペア使ったのか…てか、何で隠し場所知ってんだよ。」
盛大な溜息をついて項垂れる武に男は自慢げに返答した。
「だっていつも帰りは、鞄から鍵出すの面倒くさがってスペア使ってるじゃん。」
あっ。
…ったく、こいつは目敏くそうゆうとこ見やがって。自慢げに話すところがさらにムカつく。
「だからって勝手に入んじゃねー…って聞いてんのか!!」
本人はいつの間にか台所に立ち、ご飯の準備をし始めている。
肉じゃがや味噌汁のいい匂いが部屋に立ちこめて食欲をそそられる。
「ほら、せっかく作って持ってきたんだから食べなって。」
おいしそうな御飯とおかずが机に並べられる。
お腹が空いていたこともあり、武は素直に食事を摂ることにした。
「上手いだろ?」
「…上手い。」
率直な感想を述べて黙々と食べ進める武。
それを見て圭吾(けいご)は満足そうに笑みを浮かべていた。
圭吾は俺の隣の部屋に住んでいる。
以前は深く関わることもなかったため、ただのお隣さんでしかなかった。
ある日の夜、部屋の前で寒そうに蹲っている圭吾を見つけた。
話を聞くと、鍵をどこかに落としたらしく、マンションの管理人も飲みに出ていて居ないと言う。
管理人と連絡はとれたが、帰ってくるまで時間が掛かるらしい。
近くに時間を潰せる店も無く。
しかし、この寒空の下にいるのはかなりキツい。
「なぁ、俺の部屋で待ってれば?」
これを機に圭吾とつるむ様になったのだが、今日のように予測のつかない行動をするものだから相手をするのも一苦労。
だが、料理の腕は絶品。
店を出せるんじゃないかと思うほど上手いのだ。
料理が好きらしく、作っては俺のところへ持って来て、空になった皿を持って満足げに帰っていく。
良くわからん奴だ。
圭吾の作ったご飯を堪能しながら、そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。
圭吾を見ると先ほどの笑みは消え、不機嫌そうにこちらを見ている。
いつもならへらへらと笑いながら料理の感想を聞いてきたりするのだが、今日は様子がおかしい。
「何だよ、鞄でぶったこと怒ってんのか?大体お前がなー…」
「顔色、良くない。最近ちゃんと飯、食べてる?」
いつになく真面目な顔で問いかけられ、少したじろぐ。
「まぁ、仕事忙しくて昼飯とばすことは多いけどな。」
そう言い終わると武は食器を流しへ運んだ。
食器を洗おうと、袖を上げていると、
ガバッ
急にうしろから腰に腕が回され、圭吾がピッタリと体を寄せてきた。
「…やっぱり、ちょっと痩せてる。ダメじゃんか、ちゃんと食べないと。」
「!!…う、うるせーな。お前に関係ないだろ!」
「…関係、無くない。」
いつもより低い声色の言葉に反応して振り返った瞬間。
圭吾と目が合う。
その表情は苛立ちと悲しみの中間を漂っているかのようで。
ぎゅっと胸が締め付けられる。
「関係ないとか、言うなよ!俺、武の一番近くにいたいし、守りたい。体弱ってる武みてほっとけるほど、器用でもない。」
真っ直ぐに向けられる瞳は真剣そのもので、反らすことが出来ない。
圭吾の指がゆっくりと武の唇をなぞる。
そして
唇が重なる。
優しいその口づけは、たった数秒間の出来事だったはずなのに、とても長く感じられた。
圭吾がふわりと武を包み込む。
「俺がお昼、弁当作ってあげるからちゃんと食べなさい。
それから残業し過ぎ。たまにはしっかり休まないといけないんだから早く帰って来なさい。んで…」
「早く帰ってきて、俺と過ごす時間を作ること。」
「なんだよ…それ。意味わかんねーし…。」
悪態づいてみるも、真っ赤になった顔を隠すことができず居心地の悪さを覚える。
圭吾はそんな武を見てクスリと笑みをこぼす。
「なっ、何笑ってんだよ!!」
「だって嬉しくてさ。ねぇ、自惚れてもいい? 武も俺と同じ気持ちだって。」
「///…知るか!!さっさと離れろよ!」
圭吾の体を押しのけ、そのまま洗面所へ向かった。
鏡に映ったのは、耳まで真っ赤にしている自分の顔。
壁に背中を預け、ズルズルと崩れ落ちる体。
マジかよ…
心臓の音うるせー…
いつの間にあいつの存在はこんなに大きくなっていたんだ…
あんな言葉ひとつで動揺してしまうほどに…
煩いし、鈍くさいし、行動意味不明な奴だというのに。
なのに、一緒に入れる時間ができたら嬉しいなんて。
好きだなんて。
悔しいから、絶対言ってやらないけど、
明日は残業なしで帰ろう、なんて考えている自分がいた。
end