ザンスク
□甘えてよ
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朝、といっても、まだ日が昇りきっていない時間帯。
ザンザスは隣で安らかに眠っているスクアーロの髪を撫でながら悩んでいた。
何を。それは、スクアーロを起こすか起こさないか。
そもそも何故こんなに早い時間にザンザスが起きているのかというと、昨夜スクアーロに任務があるから起こしてくれと頼まれたからなのだが、起こすにはどうにも思いとどまってしまう点がいくつかあるのだ。
一つは、スクアーロの寝顔。
基本的にスクアーロは、どんなに夜遅くまで起きていても、どんなに朝早く起きなくてはいけなくても、必ずと言っても良いほど目覚ましより早く目を覚ます。
そんなスクアーロが、ザンザスに起こしてくれと頼んだのだ。翌朝、自力で起きる自信が無いから。それほど疲れきってしまっているのだ。
夢すら見ていないのか、眼球を全く動かさずに深く深く眠ろうとベッドに沈んでいるスクアーロに、痛々しさすら覚える。
スクアーロをそんな状態に陥らせてしまうほどの過酷な予定を組んでしまったのは自分だが、だからこそ少しでも長く休ませてやりたい、と思う気持ちは強かった。
もう一つは、まぁ言ってしまえば自分のエゴだ。
スクアーロの、ザンザスに対する忠誠心は並の物ではない。それ故に、スクアーロは必要以上にザンザスに尽くしたがるのだ。
ボスのために、部下として。
それだけならまだ良い。部下がボスを敬い、尽くす事は当然の務め。
だが、スクアーロはそれを恋人同士の事情にまで持ってくるのだ。
例えば、デートに出掛けようと誘うと「じゃあ俺車出してくっから玄関来いよぉ」と、スクアーロが率先して車のキーを持って出て行ってしまったり、店に入るのにドアを開けようとすると、「ボスにそんな事させるわけにはいかねぇ!俺が開けるぜぇ」と、ドアを素早く奪い取られてしまったり。
如何なる時でもザンザスをボスとして尊敬し、行動しようとするその精神は立派なものだが、プライベート、特に恋人同士として過ごす時くらいはその事を忘れて欲しいものだ。
一応彼氏というポジションにいるわけなのだから、こちらとしてはもう少し頼って欲しいし甘えて欲しい、彼氏らしいことをしてやりたい、というのが本音。
一言に「彼氏らしいこと」といっても色々あるわけだが、大まかに言えば、もっと労ってやりたいし、我が儘も聞いてやりたい、思いっ切り甘えさせてやりたい、出来る限り尽くしてやりたい…こんなところだろうか。
それが今まで出来なくて散々頭を悩ませてきたが、今回この状況なら、ザンザスの言う彼氏らしいこと、というのが出来なくもないのだ。
スクアーロは、事前にきちんと計画を立ててから行動すると、何かと勘が良くなる事が多いのだが、サプライズには滅法弱い傾向がある。本人曰わく、驚きすぎると頭が真っ白になるそうだ。
コレを利用してスクアーロの判断力、行動力を奪いこちらのペースに持ち込めば、スクアーロのエスコートは出来る筈だ。
それに今のスクアーロの脳内は、今日の任務の事でいっぱいだ。それがいきなり打ち消されデートに変わったとなれば、確実に混乱状態に陥ると見て間違い無いだろう。
それに、死んだように眠っているスクアーロを起こさずにゆっくりと休ませておけば、スクアーロの体を労ってやれた事にもなるだろう。とにかく、今この状況はザンザスの理想のデートをするにあたって好都合の状態にあるのだ。
ならば悩む必要は無い、スクアーロを起こさずにいればいい、と思うのだが、せっかくスクアーロがザンザスを信じ、頼ってくれているのにそれを裏切ってしまうには、どうにも心が痛く感じて仕方がないのだ。
もしここでスクアーロを起こさずにいたら、スクアーロはきっと二度とザンザスを頼らなくなるだろう。しかし、同時にこんなチャンスも二度と訪れないかもしれないのだ。こんな状態のスクアーロをみてしまった限り、自分はきっとこれまで以上にスクアーロの身体に細心の注意を払って予定を組むだろうから。
確固たる信頼を得るか、男としてのプライドを築き上げるか。
どうしたものか、と散々悩み続けたが、ふと空を見るともう既に太陽は顔を出し始めていて。
それを見て遂に、ザンザスの意志は固まった。
「…今日は、ゆっくり休め」