黄龍之器

□もしも 私が貴方に愛されたなら
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そんな神の導きがあるものか。

「――――。」

開いた瞼、その先に見える天井の針を見て溜息を吐いた。
一人分の温みしかない布団から上体を起こし髪を掻き上げ、肩を抱いた。

「………、さ、ん」

彼女の名前を、穢さぬようにそっと呟いた。甘い響きのそれを心で反芻しながら、窓の外を見て。
髪を掻き上げた掌を眠気の残る頭で一瞥し、握り締めた。

夢さえ見なかった。

彼女は今日は夢にさえ出て来てくれなかった。
いつもの浅ましい願いを見透かされたようで罰が悪い。起きぬけの頭に罪悪感が過ぎった。



彼女を

あの人を、抱き、――――――



「―――!!」

余りに余りな願望という欲に首を振る。
一瞬にして自分の顔色が真っ青になった気がした。…有り得ない。有り得てはいけない。
この身はとうに神に捧げ、彼女はこの村に遣わされた救済の女神。
彼女を慕うのは一人だけではなく、想うのも―――

「………さん」

けれど、あの人が私を想ってくれたら。
彼女からの愛をこの身だけに受け止められたなら。

……そんな神の導きが、在る筈が無いのに。


全てを見て、全てに触れ、唇を寄せて彼女を愛せたら。
この手で彼女の肌に触れ、その胎内に私の子を――――

「…………………。」

広がる空想に、自分で吐き気がした。
清廉な存在を男という欲望で穢したくなかった……しかし後の祭り。

「……さて。」

枕元の聖職服に手を掛けた。…つまらない事で寝坊したくない。
立ち上がり寝巻を脱ぎ、聖職服に袖を通し、表情を整える。

「……顔でも洗いに行きますか………」


誰にも悟られないように、ただいつものように。

浅ましい願いも狂おしい愛情も、ただ夜の夢のなかだけに閉じ込めて。






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