格闘王者

□賠償金は、愛でいい
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「暑い」

エアコンすらない安宿で、ベッドに横たわりながら季節を嫌というほど噛み締めた。前日からの雨も相俟って、夜だというのに湿気でじっとりとした風が窓から入って来る。
こんなに暑いのに窓外から聞こえる隣人のどんちゃん騒ぎには辟易する。こっちまで馬鹿騒ぎの中にいるような感覚さえして瞳を閉じた。

ベッドサイドの机にはよく冷やしたワイン。グラスは安物の重くて脆そうなガラス。
頬が熱いのは飲酒のせいだけではない。いっそシャワーのコックを捻ってしまおうか。出るのは水だけなのだから。
ここはフランスだ。だから―――

「ミネルバ、顔赤いよ」

……20に満たない自分が飲酒をしても、罪にはならない。
そう教えたのは、この男だ。

「……ベッドが埃っぽい」
「そんな事、ボクに言われてもネ」

やはり国の空気が一番なのか、ソファに座っているアッシュが笑う。彼もいくらか飲んでいるのに、顔には全く出ずそれどころかピンピンしている。

『フランスに行こう』
そう言われたのは一月前だ。
この世界、コネと裏はある人間は幾らでもあるもので、この少年はいとも簡単にこの身をフランスへ移動させた。
…しかし少年の気まぐれはそこまでで、宿の手配まではしてくれなかった。なんとか辿り着いたこの安…手頃な宿も実費、しかし何故かアッシュがついてきた。

「呑んでないとやってられるかってーのよ」

正直な話、こんな事になるならばフランスに来る事はなかっただろうに。暑いしきついし。
良い事は堂々と酒が呑める事か……道理でアッシュが強い事だ、適当な産地のワインよりも美味しいものが安く手に入る。

「まぁそんな事言わず。ボクは楽しいよ、こんな宿に泊まるなんて後にも先にもこの一回きりだろうし!」
「アッシュの鼻なんぞひしゃげてしまえ。」

今自分に出来る最高の罵りを喰らわせ、寝返りを打つ振りでアッシュに背を向けた。苛立ちと酔いで息が荒くなる。
アッシュは気にしない様子でワインの瓶を半分空けていた。

「……ミネルバ、怒ってる?」
「………。」
「ボクはただ、ボクの育った土地を見て欲しかっただけなんだけどね」
「…。」

無言で続きを促す。呑んだアッシュはやけに素直で饒舌だ。…そんな所が気味悪い。
ワイングラスも私もしっかり汗をかきながら、寝返りと同じ仕種でまたアッシュに向いた。

「冗談じゃないわ。船は酔ったし宿はコレだし楽しんでるのアッシュだけだし。」
「……」
「……でも、アッシュが楽しいならそれでいい。」

これが惚れた弱みという奴か。宿もワインも湿気すらも全てが媚薬。それでいいのだ、とすら思ってしまう。
目の前で無邪気を感じさせる笑顔が見られるだけで、自分にとっては幸福なのだと。

「アッシュ、この分は貸しにしとくからね」
「おぉ、怖い。どれだけの利子が付くことやら!!」
「大量にツケさせるからね。まずは初めて出逢った時のサプライズから。」
「そこからっ、………?」

横たわったまま、両手を広げた。視線の先は変わらずアッシュ。
面食らった様子でだんまりなアッシュに微笑み、窓を閉めた。

「……女からの誘いは断る訳?」
「……。」
「早くしてよ…。酔ってなきゃこんな事しないからね」

遠くなる外界の音。ソファが軋んで、アッシュが立ち上がる。

「………これもツケ?それとも」
「男なら態度で示してみせてよ」








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