格闘王者

□ふざけてるなら、もはやそれまで
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「………5」
「…6」

カードが山を作っていく。ぱさりと落ちるカードは数を呼ばれながら捨てられていき、互いに顔を見る事なく手札を切っていった。
変な緊張感に包まれる中、相手は表情を作らない。

「……ねぇアッシュ」
「何?」
「どう決着つけようか」

トランプゲーム三回戦、ダウトの勝敗は微妙なものだった。互いに譲らない中、こちらの手札が若干多い。
先程から興じているトランプゲームはババ抜きやポーカー、ダウトの次はブラック・ジャックと大富豪の予定だ。
しかし今回のダウト、勝負は混戦状態でもう一時間。時計を見れば夜中の九時、続けていては残りのゲームを続ける気も起きないかもしれない。

「このままミネルバが僕を勝たせてくれたらいいんじゃないかな」
「冗談。罰ゲーム受けたくないもの」

天気予報で明日は雨。
その中『ザッハトルテを2ホール買ってくる』という罰が待っている。
自分のボロいアパート、外今は降り出したばかりのように音がする。薄い壁とガラスの向こうから聞こえる夜の音は全てが不気味だ。明日の事を考えると、朝から土砂降りのような気がしてならない。

「7」
「8…」

アッシュは見事二勝、私は二敗。このダウトを落とせば私は罰ゲームの餌食だ。
この男の為にザッハトルテなどという嗜好品を買いに雨の中を濡れながら行くことになるだろう。

「ねぇミネルバ」
「何?」
「ザッハトルテいらないから、明日はずっと二人でベッドで―――なんて、どう?」
「……………。」

9の番にカードを出しかけた手が震えた。
カードを手にした指が止まり、言葉が意味する羞恥に顔に血が上る。

「なっ――!アッシュ、ふざけてんじゃないわよ!!」
「至って本気だよ?…ミネルバ、僕はそんなに冗談は言わないヨ」
「………。」
「それとも、ケーキのお使いの方が良い?悲しいなァ、ミネルバは僕を選んでくれないんだね!!」

大袈裟なジェスチャーをするアッシュに、怒りも混ざって指の震えが止まらない。

「いい加減にっ――!!!」
「ダウト。」
「…………。」

はらりと落としたカードに、アッシュは間髪入れずに言葉を放つ。
背を向けたままのカードに言ったはずの言葉、アッシュは笑顔だった。

「負けを認めたら?」
「あ………ぅ」

アッシュの爪がそのカードをひらりとひっくり返す。
それは『9』の番に出された『4』のカード。
ダウトコールを受けて青くなる顔。このカードの山が手元に来るのだ、当たり前かも知れない。

「油断したのが悪いんだよ、ミネルバ」
「―――っるさい!大体、あんな事言うから!」
「オヤ、そんなにベッドに行く事期待してたの?ハハッ、期待に応えない訳にはいかないなぁ、なんてネ!!」

アッシュが手持ちのカードを全部投げた。コートカードがひらひらと舞う。…アッシュの手持ちは全てコートだったらしい。
憎たらしいKのカードを見ながら歯噛みした。全戦全敗、屈辱だった。

「あァミネルバ、一応言っておくけど」

アッシュが席を立ち、楽しそうな表情もそのままに部屋を出ていく。…このボロアパート、このリビング以外の部屋は寝室しか無い。多分そこへ向かうんだろう。

「本気だからね」

残された言葉には笑えない。…どうすればいいと言うのか。
本気だったらどうだというのだ。私が罰ゲームをうける事は確定済みだ!!

「馬鹿アッシュ!!」


冗談で済ましてくれる男だなんて思っちゃいない。
悪態をついても笑っているその男の背中に、舌を出して最後の抵抗をして見せた。






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