格闘王者

□躯に愛を 心に恋を
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具合が悪いからと言って逢うのを断ったはずなのに、何故私はその腕に介抱されているのか。
いつもより甘いその言葉にすっかり毒気を抜かれただけかも知れない。考えているよりずっと、この男は優しいのだ。多分。

眠るよりずっと浅いまどろみの中で、もう苦痛だけでは無い。痛みももう、大分楽になった。

「全く、折角君に時間を裂いてあげようと思ったらこんな事になるなんてサ!!ミネルバ、体調管理怠り過ぎだよ!!」
「ご、め……」
「気分はもう大丈夫?まだ、悪い?」
「…良くはないけど、さっきとかよりはマシ…。」

今日は二人でいつものケーキ屋に行く事になっていた。それも一ヶ月前から。
いつも彼―――アッシュは、そこのザッハトルテを楽しみにしていて、キーマンのストレートティをずっと待っていた。
だから昨日の夜からの体調不良は私にとって予想外のアクシデントであり、ドタキャン以外に手段は無かった。―――なのに

「どうせキミの事だから、変に無茶でもしたんデショ?今回の仕事は何?高層ビルの窓拭き?ミネルバじゃ命綱も要らないかもね、アハハ!!」
「…………私、そんなに高所好きじゃないし…って、私、人間だから…!アンタ等みたいな怪物と一緒にしないで…!!」

机には2ホール分のケーキ箱。
食べてくれば良いものを、わざわざ買って帰り、そのうえ1ホール分はお見舞いだという。
甘いフォンダンの香りがなんとも言えず、ここに彼がいる事を確かにさせる。…心配、してくれてる。

「起きてるのも辛いなら、寝ても良いよ。あぁ、紅茶葉とかあるなら是非教えてよ。一人でケーキ食べるから」
「…キッチンの一番奥の戸棚…引き出しじゃない、ガラス戸が開くほう…。緑の缶の中に、ベルガモットティが入ってる…」
「キミは?今、紅茶飲める?」
「……今は遠慮しておく。薬と変な飲み合わせで悪化されたら堪ったもんじゃないわ……」

手をひらひらさせて、それを最後に寝に入る。
今更「おやすみ」も無いのはもう今更な話だ。
深くなる眠りへの道程の中で、柔らかな紅茶の香りがする…しまった、お湯沸かしてなかった。アッシュに変な労力使わせたかも。…いや、紅茶は彼自身が飲みたがったのだからそれくらいして当然だ、うん。

随分色気の無い関係になったものだ。
アッシュが馴れ合うつもりはないらしい、それは私もだ。
腕を組んで街中を歩くなんて、少なくとも私達二人の関係ではそれは有り得ない。
背中合わせに立っていて、時々気が向いた時にそのまま手を握るだけ――信頼していない訳では無い。

「………アッシュ」

これはいわば寝言だ。
続きを知ってか知らずか、アッシュは声を気に留める風では無かった。

「……大好きよ」

ただ、その言葉にアッシュの視線を感じた。

「ありがとう、ね………」
「………今更だネ」

こうして見ると熟年夫婦のそれのようだ。でもアッシュは私を完全に信頼してる訳ではないだろう。
それでも。
彼の側にいられる事の幸せが、今の私の支えになっていて、出来れば彼も少しだけそう思ってくれるなら。




一人でティータイムにするアッシュの温かな気持ちを感じながら眠りについた。



残るのは、ただ、静寂。







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