格闘王者

□繋いだ手、二度と離さない
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側にいるだけで本当は良かった。
貴方と違う世界に住んでいると知っていた。

貴方の言葉に、私は救われた
貴方の笑顔で、私は幸せだった。

ぐるぐる巡る思考の果てに、たどり着いた決断のボタンを押した。



―――送信完了



幾つかの表面だけの別れの言葉が電子の波に乗っていく。手紙の形をしたマークが画面から消えて携帯を閉じた。
不思議と涙は出ない。昨日のうちに枯らしてしまったかもしれない。

―――だから、貴方ともう一緒にいられない
ごめんなさい、ありがとう、さよなら


別れを携帯で済ませる事は簡単だ。
彼に買ってもらったプリペイドの携帯は、彼のメモリーしか役に立っていなかった。
開けたり閉めたりを繰り返すうちに10分が経過、まだ返信が来ない。

呆れたのかな
まだ見てないのかな
どっちでもいいや、もう。

痛みから早く開放されたくて電源を落とした。
あの人の名前赤字に灰十字のペイントは彼の自作らしい…本当に、器用だ。
近いうちに送り返そう―――

「………雨」

ふと見た外はゆっくりと強まる雨。朝は曇天だった。確かに降ってもおかしくは無かったけれど。

この灰色の世界に、あの人は、私の知らない誰かの血を浴びて――――

「…………。」

済む世界が違ってても、重ねた想いには嘘は無かったと信じてる。
苦くて悲しいこの恋が終わっても、貴方は私を好きでいてくれた―――少しだけでも。
これからは誰を好きになっても、多分今日の事は忘れられ――――


その時、扉を叩く音が聞こえた。


「――――アッシュ」

誰かも解らぬはずなのに、名前がついて出た。
意味の解らぬ恐怖、それなのに足が勝手に扉へ向かう。

「まだ、怒ってるの」

聞こえたのは雨の音に混じった声。
こんな扉、貴方なら壊せるだろう。それをしないのは何故?

「…、キミと二人で沢山遊びに行ったよね。君はピンク色のクマの縫いぐるみが気に入ったカラ買ってあげた」
「………」
「一緒に飲んだ紅茶は美味しかったネ。銘柄を僕、まだ覚えてるよ」
「――――」
「二人で過ごしたね。キミはいつも笑っていたね。喧嘩なんてなかったネ。」
「……めて」
「――――――怒ってるの?」


――――聞きたくない!!!


「キミが、目の前で、僕の本当の事知った事」
「………」
「…僕が、人を殺す事を」

……『なんで』って、思った。
貴方の笑顔が真実だと信じていた。『沢山』をくれた貴方だから、信じていたかった。
血に塗れた貴方が、皮肉にも綺麗で。

「大好きだよ、ミネルバ―――」
「聞きたくない」
「ミネルバ、好き、大好き。愛してるミネルバ。」
「嫌だ……」
「嫌?僕の事が、嫌…?ネェ、ミネルバ、お願い……」

捨てないで、と

懇願が聞こえる。

そんな懇願――聞きたくない。

「大好きだよ、ミネルバ。君だけだよ。だから」
「………アッシュ」
「…」
「私」

夢であればいいと、何度も願っていた。
そんな陳腐な台詞しか出てこない、この悲しさに頭痛がする。

「私、もう―――」
「愛してる」
「アッシュ」
「キミ以外考えられない。僕にはキミしかいないんだ」
「………けど、…もう」
「嫌だよ…………。キミがいないなんて…」
チリ、何かが焼ける音がした。

「―――!!?」
「…僕が側にいなくなってもキミは生きる限り、いつか誰かを好きになる。…いつまでもキミを愛してる僕以外を」
「アッシュ――――!!」
「そんなキミを、考えたくもない―――だから」

火の勢いが一瞬で増した。扉を包むそれが激しく中まで燃え広がっていく。

「―――死んでよ、ミネルバ」

焼け崩れて壊れていく扉の向こうで、そんな笑みが見えた気がした。

「―――――嫌ぁあああああぁああっ!!!」

無邪気なまでの恋慕に文字通り焼け死ぬ。
火を振り払う事も出来なかった――――

















それ以降、アッシュの『側』には誰かがいても

『隣』には誰もいない。

ただその存在を主張したがっているかのように

溶けたプラスチックで作られた指輪が、左の薬指に。







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