格闘王者
□私を変えてよ
1ページ/1ページ
絹のドレスなんて、見たことはあっても着たことなんて無かった。
綺麗に瞼に乗せられた、ワインレッドのアイシャドウも、自分の肌で色付くなんて思っても無かった。
薄青のドレスに香るのは、桜の香か。
生成色のストールに散りばめられたビーズがキラキラと光り、動きに合わせて出来るドレープの美しさに息を飲んだ。
「ねェ、気に入った?」
声をかけられて、その存在がそこに在ると知った。
「…うん。凄く、綺麗……」
「でしょう?似合うと思ったんだよ」
語尾を弾ませながら、楽しそうに笑う彼―――アッシュ・クリムゾン。
中性的な色気のある彼がそっとこっちに手を延ばし、軽く首を傾げながら微笑みを浮かべ。
「お手をどうぞ、シンデレラ」
「――アッシュ、…」
「今日だけだよ、お姫様」
首や指を彩る宝石も、綺麗な服やメイクも、全て全て今日の為。
最後の仕上げ、とばかりにアッシュはネイルアートセットを取り出した。
「HAPPY BIRTHDAY ミネルバ」
意地悪な笑みが優しく形を変えていく。
「……ありがと」
そんな笑みも今日だけの特権かと思えば、とても嬉しくて。
『特別』を用意してくれるこの男に、これから先自分はまたどれだけ浸蝕されるのかを不安に思いながらも。
「ねぇ、アッシュ」
「何?」
ベースコートを爪の上で塗り広げながらのアッシュと視線が合った。
「来年の今日は、ウエディングドレスがいいな」
そんな願いを口にすれば
「じゃあ、ウエディングドレスが似合うような女性になっておいてね?」
冗談めかしながらも視線は本気な、そんな彼に惚れたんだと再認識するだけだった。
終